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周波数レスポンスアナライザ特集 第2章 ハードウェアの詳細設計と製作
周波数特性測定器本体のハードウェアの詳細設計をします。マイコンにはPICマイコンを使い、その先に正弦波出力部とレベル測定部、Bluetoothモジュールを接続しますが、それぞれの詳細な設計をします。
2-1 DDS ICの使い方と正弦波出力部の詳細設計
本稿では正弦波出力用にアナログデバイスのDDS専用ICであるAD9834を使っています。TSSOPパッケージで小さくてちょっとはんだ付けし難いのですが、20ピンとピン数が少ないので何とかなるかと思います。
以下、このICの使い方を説明します。
このICの内部構成は図2-1(a)のようになっています。高速で高分解能なディジタルシンセサイザ機能(DDS)を内蔵していて、外部から設定された周波数の正弦波か三角波を生成します。最高75MHzまで動作し、周波数設定レジスタは28ビットとなっています。また出力部には10ビット分解能のD/Aコンバータが使われていますので、十分きれいな波形を出力してくれます。
このICの仕様規格は表2-1、ピン配置と各ピンの機能は図2-2のようになっています。
項 目 | Min | Typ | Max | 単位 | 備 考 |
---|---|---|---|---|---|
DAC分解能 | 10 | bit | |||
DAC出力電圧 | 0.6 | V | 負荷 200Ω | ||
DDS S/N比 | 55 | 60 | dB | クロック 50MHz | |
ロジック入力 High | 2.8 | V | Vdd=5.0V | ||
ロジック入力 Low | 0.8 | V | Vdd=5.0V | ||
電源Vdd | 2.3 | 5.5 | V | クロック 50MHz | |
消費電流 | 3.8 | 5 | mA | アナログ部 | |
2.0 | 3 | mA | デジタル部 |
マイコンとのインターフェースは3線式シリアルインターフェースとなっています。この3線式シリアルインターフェースは、図2-1(b)のようなタイムチャートで使います。SCLKクロックは最大40MHzと十分の速度で動作しますからPICマイコンのフルスピードで制御しても全く問題ありません。FSYNCがLowになってからSCLKの立下りでデータをサンプリングしますので、立ち上りでデータを更新します。
1回で送信するデータは16ビットで、周波数設定には図2-3のように連続で3個のデータを送信します。最初の16ビットが制御データとなっていて、図に示した値(0x2028)を設定すると周波数レジスタ0側(FREQ0)の28ビットの周波数設定で動作するようになり、IOUTピンに正弦波が、SIGN BIT OUTピンにデジタル信号が出力されます。続く2ワードのデータが周波数設定データで上位と下位合わせて28ビットで周波数を設定します。実際に出力される周波数は次の式で求められます。
PICマイコンでこのシリアルインターフェースを使うには、16ビットのSPI通信で可能ですが、8ビットのPICマイコンではできませんので、プログラムI/Oでシリアル通信を実現することにします。
このDDS ICを使ったときの正弦波出力部の詳細設計を進めます。設計メモは図2-4のようになります。
まず出力周波数を決定するのはクロック周波数ですから、この周波数を決めます。最高75MHzまで使えますが、周波数設定を1Hz単位でできるようにしたいので、75MHzに一番近い2のn乗の周波数を選択します。2の26乗が67108864で、67.108864MHzの周波数の発振器が市販品で入手できますから、これを使います。これで1/4Hz単位で周波数設定ができることになります。
次に出力正弦波ですが、DDSからは0Vから0.6Vの範囲のDCレベルの出力となっています。これを6.9Vp-p
つまり±3.5VのAC信号になるよう増幅する必要があります。
そこでまずDDSの出力にコンデンサを挿入して直流成分をカットしてAC信号にします。このときハイパスフィルタとなりますから、時定数が1Hzとなるように100μFという大容量のセラミックチップコンデンサと10kΩの抵抗を使います。これで10Hzまでレベルを下げることなく通過させることができます。
次にオペアンプを使って12倍の非反転増幅で±3.6Vまで増幅します。AC増幅ですからオペアンプの電源にはプラスマイナスの両電源が必要になります。そこでDC/DCコンバータで+5Vから-5Vを生成して使います。増幅器の後にレベル調整をするための可変抵抗を挿入し、最終段に1倍のバッファアンプを通してから出力インピーダンスが600Ωになるように、ちょっと小さめですが560Ωの抵抗を挿入してから出力信号としています。
ここで使うオペアンプが最終的な測定器自身の周波数特性を決めてしまいますので、ゲインバンド幅(GB積)の大きなオペアンプを使う必要があります。ここでは、アナログデバイス社のAD8042を使っています。GB積が160MHzですので12倍ゲインで13MHzの周波数特性となりますから十分の周波数特性を確保できます。
2-2 ログアンプIC(AD8310)の使い方とレベル測定部の詳細設計
レベル測定にはアナログデバイスのAD8310というログアンプを使いました。このICの仕様規格は表2-2、ピン配置と各ピンの機能は図2-5のようになっています。
項 目 | Min | Typ | Max | 単位 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
電源 | 2.7 | 5.5 | V | ||
消費電流 | 6.5 | 8.0 | 9.5 | mA | ゼロ信号 |
最大入力電圧 | ±2.0 | ±2.2 | Vp-p | シングルエンド | |
4 | dBV | ||||
入力抵抗 | 800 | 1000 | 1200 | Ω | INHI、INLO間 |
ログ出力レンジ | 95 | dB | |||
出力電圧 | 0.4 | V | @-91 dBV | ||
2.6 | V | @9 dBV | |||
最小負荷抵抗 | 100 | Ω | |||
周波数範囲 | 0 | 400 | MHz | ||
直線性 | ±0.4 | dB | -88dBV~+2dBV |
このログアンプの入出力特性は図2-6のよういなっています。DCから440MHzまで応答し、-91dBから+9dBまで計測して、結果を0.4Vから2.6Vの直流電圧として出力します。デシベル値に比例した直流電圧で出力されますので非常に扱いやすくなります。電源電圧も2.7Vから5.5Vの範囲で広く使いやすいものとなっています。
このログアンプICを使ったレベル測定部の詳細設計をします。設計メモは図2-7となります。
今回の測定では10Hz以上の交流を扱いますから入力はコンデンサで直流カットをしておきます。さらに入力を直接接続すると今回の使い方では感度が高過ぎますので、最高入力レベルを+10dB以上にするため、入力に直列抵抗を挿入して1/10倍つまり20dBだけ感度を下げて使います。入力抵抗が1kΩですので、5.1kΩをINLO、INHIピンにそれぞれ直列接続して約1/10のレベルにしています。これで図2-6に示したように-70dBから+20dBの範囲をおよそ0.5Vから2.5Vの直流電圧で測定できることになります。この値の較正はプログラムで行うことにしますので、使ったICにより多少値が異なっても問題ありません。
測定対象をオーディオ帯域としましたので、できるだけ低い周波数まで安定に測定できるように、OFLTピンに10μFのコンデンサを接続して自動オフセットが有効になる周波数を10Hz以下にし、さらにBFINピンにも10μFのコンデンサを接続して出力のローパスフィルタをできるだけ低い周波数にするようにして使います。
これでも200Hz以下の測定では測定したときの正弦波の位置により測定値がばらつきますから100msec以上の間繰り返し測定して平均をとるようにします。200Hz以上では平均回数を減らして計測にかかる時間を短縮します。
このログアンプICの電源は5Vとしますが、特にノイズ対策として電源に簡単なRCフィルタを挿入します。
ログアンプの出力はDCで0.5Vから2.5Vの範囲ですから、PICマイコンの12ビットA/Dコンバータで直接デジタル変換します。この際、A/Dコンバータのリファレンスには内蔵定電圧リファレンスの4.096Vを使うようにします。これでA/Dコンバータは0Vから4.096Vの間を4096分解能で計測します。したがって0.5VのA/D変換結果は500、と2.5VのA/D変換結果は2500となります。これで-70dBから+20dB間が2000分解能で10dB当たり200分解能以上ですから、グラフの縦軸の150ドット/10dBを十分区別できます。10ビットのA/Dコンバータではちょっと分解能が不足してしまいます。
2-3 Bluetoothモジュールの詳細設計
BluetoothモジュールにはRN-42XVPを使います。このモジュールの仕様とピン配置は図2-8のようになっています。
この仕様を元に詳細設計を進めます。設計メモが図2-9になります。
Bluetoothモジュールでの課題は電源が3.3Vであることです。全体を5V動作としましたからここには3端子レギュレータを追加して5Vから3.3Vを生成します。最大50mA程度を消費しますから250mAタイプの3端子レギュレータを使います。
モジュールのリセット信号(RST)はPICマイコンのMCLRピンに接続して一緒にリセットしようとすると、PICマイコンのプログラム書き込み時にこのピンに9V程度の高電圧が加わりますからモジュール側が壊れる危険性がありますので、モジュールのリセットはPICマイコンの入出力ピンを使ってプログラムで行うことにします。
さらにPICマイコン側は5V動作ですから、PICマイコンから出力されるTXとRST信号はレベル変換が必要です。ここでは単純な抵抗による分圧だけで済ませています。5Vを1kΩと2.2kΩで分圧しますから3.4Vになり問題なく接続できます。PICマイコンへの入力となるRX信号はPICマイコンのHigh入力のスレッショルドが2Vですから、そのまま接続しても問題なく使えます。
2-4 電源回路設計
全体の電源の詳細設計を進めます。設計メモが図2-10になります。
まず入力電源は予定通りアルカリ単3電池4本の6Vで供給します。念のため6VのACアダプタでも供給できるように考えます。
この6Vを3端子レギュレータで5Vに降圧しますが、ロードロップタイプのレギュレータを使ってできるだけ電池で長く使えるようにします。全体で80mA程度しか消費しませんが、NJM2845という特にロードロップタイプの0.8A出力可能な表面実装タイプを使いました。このレギュレータの入出力間電圧は500mA出力時で0.18Vとなっており、80mA出力ではさらに少なくなりますから電池電圧が5.2V程度まで下がっても十分使えるということになります。
この5VをPICマイコンとDDSのデジタル部とBluetoothモジュール用の3端子レギュレータに供給します。この5VにLCフィルタを挿入したあとの5VをDDSのアナログ部とオペアンプに供給します。さらにこれにRCフィルタを挿入してからログアンプに供給します。このようにDDS ICは内部にアナログ回路とデジタル回路が混在することになるため、電源とグランドピンもアナログ用とデジタル用に分けられています。これでデジタル回路のノイズがアナログ回路に混入するのをできるだけ回避できるようになっています。
DDS出力増幅用のオペアンプ用には、TC7662Bというチャージポンプ方式のDC/DCコンバータで-5Vを生成して供給し、±5Vの両電源としてオペアンプを使います。
低レベルの入力測定が高精度でできるように、グランドをデジタル部、DDSアナログ部、ログアンプ部と3つに分離し、プリント基板のパターンも分離して作成し1か所で接続するようにしてノイズ対策をします。
2-5 回路設計と組み立て
詳細設計に基づいて作成した回路図が図2-11となります。左下にあるMountの記号は取り付け用の穴で、各位置のグランドパターンに接続しています。基板をケースに実装しますから電源の入力は端子とし、DCジャックをケースに固定して配線で接続するようにします。電池ボックスの出力リードにDCプラグを接続して、ACアダプタと同じ接続方法で使えるようにしました。コンデンサは大部分表面実装のチップタイプを使いました。
回路図を元にプリント基板を作成します。表面実装部品が多いのでプリント基板化は必須です。
組み立てに必要な部品は表2-3のようになります。
このプリント基板に図2-12の実装図にしたがって部品を実装していきます。基板右側にある大きなランドはケースのふたを固定するためのボスを逃げるための穴です。基板右端の角の切欠きはケースに合わせるためのもので、基板作成後ニッパなどで基板を切り落とします。
はんだ面への実装部品が多いので最初に表面実装部品のICをはんだ付けします。特にログアンプとDDSが小さいのでこれらを慎重に取り付けます。基板用フラックスを使って先の細いはんだこてを使ってはんだ付けすればきれいにできます。
次にレギュレータIC、オペアンプ、チップコンデンサをはんだ付けします。はんだ面が終わったら部品面です。最初はジャンパ線です、数本だけなので簡単です。スイッチ部のジャンパ配線はスイッチ自身でできますので配線は不要です。
つぎは抵抗ですがすべて横向きに取り付けます。次がICソケットです。BluetoothモジュールのRN-42XVPは2mmピッチの10ピンシングルピンヘッダを使ってソケット接続としました。あとは大物を取り付けていきます。クリスタル発振器は購入時期により外観が異なっているものがありますが、ピン配置は同じですので問題ありません。
こうして組み立てが完了した基板の部品面が写真2-1となります。こちら側は部品点数も少ないのですっきりしています。
写真2-2がはんだ面で、こちらの方が小型部品で部品点数も多く丁寧な作業が必要です。とくにICのピン間のはんだブリッジがないことを十分チェックしてください。
基板の組み立てが完了したら、PICマイコンをICソケットに実装してから電源チェックをしておきます。電池か6VのACアダプタを仮に接続して、手で触ってICが熱くなることがないか、3.3Vが正常に出ているかどうかを確認します、異常がある場合は、直ぐ電源をはずしてはんだ付けやICの向きなどを確認します。
基板の組み立てが完了し取りあえずの動作チェックをしたら、次はケースへの実装です。ケースには、タカチのプラスチックケースからLC135-Nというものを選択しました。ケースの加工は丸穴だけなので簡単ですが、ぴったりのサイズですので、横のパネル部に必要なRCAジャックなどの穴あけは注意が必要です。このパネル部は取り外せるようになっていて、大きな穴をあけても割れる心配はないので大き目の穴をドリルであけたあと、リーマかやすりで必要なサイズまで穴を広げます。
DCジャックと電源スイッチの穴あけはケースの横面に直接あけることになりますからはみ出さないように注意してあけます。
ケースに実装したところが写真2-3となります。
以上でハードウェアの組み立てが完了です。次のステップはPICマイコンのファームウェアの製作です。
著者略歴:後閑哲也
1947年 愛知県名古屋市で生まれる。
1971年 東北大学工学部応用物理学科卒業。大手通信機器メーカに勤務
2003年 有限会社マイクロチップ・デザインラボ設立
計測制御システムの開発コンサルタント
2012年 神奈川工科大学 客員教授